青い海原がわずか数カ月の間に白い大陸に変わる。凍る海は、地球上で最もドラマティックな自然の変化を見せてくれます。荒れ狂いながら凍っていく初冬の氷海、静粛の氷野、紺青の海に純白の流氷群、海明け・ ・ ・ ・。厳しさ、静けさ、明るさと移り変わる氷海の姿、これが流氷の世界です。
流氷は私たち人類といかなる関わりをもつのでしょうか。人びとと流氷の身近な関わりと地球規模でみた流氷の役割について考えてみましょう。
1.流氷の功罪
我国の周りで凍るのはオホーツク海だけです。冬になると北海道のオホーツク海沿岸は凍り始めます。沖合いの発達した流氷も押し寄せて、漁もできなくなります。小さな漁船は陸に揚げられて海明けの春を待ちます。大きな漁船は日本海や太平洋に出稼ぎにいきます。流氷は漁民から仕事を奪ってしまうのです。
流氷は船舶の航行を妨げます。流氷に激突されて漁船が沈没したこともあります。沿岸では、重なりあった流氷が海底をこすってコンブやウニ、ツブ貝を全滅させたり、ホタテの養殖施設を破壊してしまうこともあります。流氷は漁民にとってはとんでもない邪魔ものなのです。
悪い面ばかりではありません。海が凍ると波は消えてしまいます。流氷が波のエネルギーを吸収するからです。流氷は自然の浮き防波堤となって波浪による海岸の破壊を防いでくれます。
波しぶきが付着すると樹木も野菜も枯れてしまいます。鉄塔やアンテナを腐食させたりします。塩害です。流氷は風波を抑えて、畑や森林を塩害から守っているのです。
コンブなどの有益な海草を育てるためには、海の雑草とり?磯掃除?が大切です。流氷がやってこない日本海や太平洋の漁民は、この磯掃除に大変苦労します。オホーツク海では、幸い流氷が磯掃除の大役をやってくれます。
流氷は漁民から冬の仕事を奪いますが、反面、これが無計画な乱獲からオホーツク海の水産資源を守ってきたとも言えるのです。
オホーツク海の浜辺の人びとは、このように功罪両面をもつ流氷とともに暮らしているのです。
2.流氷と地球環境
身近な流氷の功罪から視角を地球規模に広げてみましょう。地球表面の70%は海です。その海の約10%が凍る海です。流氷は地球の環境とどのように関わっているのでしょうか。
流氷と大気の流れ 青い海は、降り注ぐ太陽エネルギーのほとんどを吸収し温まり、これに接した気温も上昇します。もし海が凍り白い氷野に変わると、太陽エネルギーの80%を宇宙空間に反射してしまい極地の寒気が強まります。流氷は太陽熱の反射板なのです。
極地の寒気がいかに厳しくても、流氷の下には常に気温よりもはるかに暖かい海水があります。流氷の隙間、すなわち、開水面では大量の熱が海洋から大気に流れて寒気を和らげます。しかし流氷が海を覆うと、海水から大気への熱の流れが妨げられ、寒気は厳しさを増していきます。
流氷は断熱材でできた海のフタなのです。
夏になると、太陽の光は強くなり流氷は溶け始めます。しかし太陽熱は流氷を溶かすためだけに費やされ(融解熱)、海水を温めるには至りません。海水が冷たいままなので気温も上がりません。
流氷は極地を寒冷に保つ役割をしているのです。
極地で生まれた冷たい空気は、赤道へ運ばれ熱帯の暑さを和らげます。一方、熱帯の温かい空気は極に向かって流れ、寒気を和らげてくれるのです。これが大気の大循環です。大気を循環させるベルトコンベアの駆動力は、赤道(熱源)と極地(冷源)の温度差から生まれます。流氷は局地を寒冷に保ち、大気の大きな流れ、気候の形成に深く関わっているのです。
流氷と海洋の循環 カン入りのオレンジジュースを冷蔵庫で冷やしすぎたことはありませんか。凍らない部分は濃縮ジュースになっています。ジュースのなかの真水の部分だけが凍ったからです。海水が凍るときも同じで、流氷から濃い塩水が排斥されます。この濃い海水はブライン(濃縮塩細胞)と呼ばれます。ブラインは、塩分が濃く、かつ、冷たいので密度が大きく、海中深く沈んで深層水となります。
南極大陸の周りや北極海のグリーンランド沖で生まれた深層水は赤道の方向に向かって移動します。これが深層流です。深層流は冷たい水(マイナスの熱)と塩分を極地から赤道へ運び、これに代わって、熱帯の温かい表層の海水が極地へ向かいます。
海水の動きは、大気の動きに比べゆるやかですが、大量の熱を含むことができるので気候形成に大きな影響を与えます。
3.海の資源を育てる凍る海
植物プランクトンは光合成によって増殖します。海の生物の餌のもとは、珪藻類を中心とする植物プランクトンで、この量の多少が海洋の生産力を決定します。
流氷を切り出してみると、しばしば茶褐色をした着色層と呼ばれる部分が見られます。これは氷の中に珪藻類(アイス・アルジー)が住んでいるためです。アイス・アルジーは、春になると爆発的に増殖し豊かな海を作り出すのです。
この植物プランクトンを餌にして、小さなエビ、アミなどの動物プランクトンが生きています。さらに小魚、カニ、貝類がこれらのプランクトン類を餌にし、小さい魚類は大きな回遊魚の餌になります。こうして海の食物連鎖が作られていきます。
氷の下は、植物プランクトンのいい住みかなのです。世界のすべての好漁場が凍る海に隣接していることに見られるように、凍る海は人類の海洋水産資源にも大きな関わりをもっているのです。
流氷は、地球の気候形成、食物資源に関わっているのです。
流氷、それは海からの素晴らしい贈りものです。
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